2011年4月8日金曜日

韓国オルタナティブ教育訪問2011⑤

 ハジャセンターは韓国のオルタナティブ教育をリードしてきた旗振り役の一つです。1999年12月に始まり、10年以上活動を続けています。学校に合わず、学校を飛び出し、行き場が無いように感じている若者たちが活動の中心となり、映像やデザイン、など様々な表現活動、社会への自分たちの声を発信する活動をしてきました。ハジャは学校に行っている若者たちにも広く門を開いていて、映像、デザイン、ファッション、ウェッブなどのワークショップを受けることができるティーンエイジャーたちの表現などの一大発信基地でした。ハジャスクールがその中心的な役割を担ってきました。
 現在は、社会的企業が育っていく基盤として12の社会的企業が活動を展開しています。ハジャスクールは社会的企業ではなく、オルタナティブスクールですが、今もハジャセンターの中にあり、活動しています。ハジャスクールのOBOGでこれらの社会的企業を始めたり、参加したりしているメンバーも少なくありません。

 この写真は、ハジャセンターの建物に入ってすぐの壁画です。壁画の前に立っている3人が中心になって制作しています。

2011年4月6日水曜日

韓国オルタナティブ教育訪問2011④

 AHAセンターは性のあり方について主にティーンエイジャーに、情報を提供し、ディスカッションをする展示館を運営している団体です。展示館の入口は狭く靴を脱いで入ります。このトンネルのような入口は産道を模したもので、子宮に当たることろが小さなホールとなっています。手をつないでいる男女、同性同士のカップルが微笑んでいる写真など様々な二人の写真がピアソラの音楽に載せてスクリーンに投影されます。この映像を見た後で感想を交換し、展示物の部屋に移動します。展示の部屋は展示の部屋としては決して大きな部屋ではありません。しかし、いくつかのコーナーがあり、趣向を凝らしてあります。時代ごとに人気のあるタレントの写真などがあって人気のる容姿の変化が見て取れるコーナーは、展示を見て意見交換をするコーナーです。「手を握る」「キスをする」「性交をする」など性的接触について、自分は「今、望んでいてしたい」のか、「望んでいるが今はいや」なのかなど、個々に自分の感覚を確認するコーナーがあったり、性的暴力を受けた人へメッセージを書くコーナーがあったり、説明を読んだり聞いたりするだけではない趣向になっています。

2011年4月4日月曜日

韓国オルタナティブ教育訪問2011③

 お昼をムージゲでご馳走になり、その足でミンドゥルレに向かいました。デモクラティックな教育をリードする雑誌『ミンドゥルレ』を発行するミンドゥルレに自然に集まってきた子どもたちから生まれたオルタナティブスクールです。子どもたちが歓迎のためにつくってくれた看板に迎えられました。
 オルタナティブスクールは、4年前に「空間・ミンドゥルレ」となっており、より計画的な学びに力を入れるようになってきています。「世界を読む」「他者の人生の中に入る」「私の心の映画をつくる」などの講座があります。
 夕食をはさんで、韓国のオルタナティブスクールのネットワークに参加しているスタッフとの意見交換会を持ちました。日本からの参加者を入れないで30人近い参加がありました。
ディスカッションには2つのテーマが用意されていました。一つは、子ども中心の学びや活動をどのようにつくるのか、で、もう一つは、どのようにオルタナティブ教育への理解を広げ、制度を変えていくのかというものでした。
 写真はミンドゥルレの看板です。

韓国オルタナティブ教育訪問2011②

 2日目は盛りだくさんな一日でした。まず、朝はソウルを少し南に行った郊外にあるムージゲオルタナティブスクールに行きました。ムージゲは「虹」という意味で、キャンパスの建物の壁に虹をイメージした色彩が施されていました。
 8年前に設立されたこのオルタナティブスクールは、4年前に自前の建物を建て現在は小学校6年間だけでなく中学校1年生年齢までで約80人が地域から通ってきています。徒歩で歩いてきたり、バスを使ったり、ほとんどの子どもが地域の子どもだそうです。
日本では徒歩やバスで通ってくる子どもで80人もフリースクールに子どもが集まるということは、非常に考えにくいです。
 ここでは3年生から6年生年齢の子どもたちが衣服、住居、料理・食の三つのプロジェクトに分かれて、総合的な学びをしています。きのくに子どもの村に一人のスタッフが半年学びに行って、そのやり方を参考に実践しています。調べるだけでなく、いろんなものを造ったり、実践したりしています。住居のプロジェクトで自然の資源をつかった発電を学んだ時は、太陽発電を敷設するだけでなく、仕組みを調べて自分たちで自転車による発電マシンを手作りして自分たちで発電できるようになっていました。この写真は、子どもたちが作った発電自転車です。

韓国オルタナティブ教育訪問2011①

 この写真はソンミサンスクールという韓国のオルタナティブスクールで撮ったものです。震災の前から日韓のフリースクールのスタッフで訪問しあうだけでなく、テーマを設けお互いの日常を豊かに変えていけるような突っ込んだ議論をできるような交流をしようと計画していた企画です。地震もあり今回どうするかという議論もしましたが、できる限り可能なことはしていくことと考えて、韓国の方たちも準備をして下さっているので実施しました。
 朝や早い便でソウルに入り、午後にはソンミサンスクールに行きました。ここは、市の中心に近い地区で環境運動でつながりあった人たちが作り出したオルタナティブスクールです。建物もオリジナルのものを建設し、施設もとても充実していますが、なんと言っても大きな特徴は、地域との結びつきです。今は、ここの子どもたちのほとんどは、この地域にある4つの共同保育園からきています。そして、地域の様々な草の根の活動と有機的につながっています。今回は、代表のパクさんと2時間以上お話をしていただきましたが、、それに加え、キャンパスを案内していただき、またさらに地域の劇場、カフェ、などのいくつか見せて頂きました。4年前にもうかがったのですが、さらに地域とのつながりが厚くなり活動も充実していました。
 この写真は地域にも開かれているカフェです。子ども・若者が得意なクッキーなどのお菓子を焼き、社会的企業として行政の支援を受けつつ営業しているものです。とてもおいしかったです。

東北・北関東の太平洋岸の大地震

 3月11日も忘れることのできない日の一日に加わりました。東京はそこに住む者としては大きな揺れではあったのですが、東北・北関東の太平洋岸の地域の方々のことを思うと、被害も非常に限定的ですみました。しかし、この日は交通がなかなか動かず、シューレ大学に帰れない学生が泊まりました。そして、余震に慣れ、、原発の放射能漏れの心配をする日々になりました。
この震災が起きて、海外の友人たちからは多くの連絡があり、多くの人につながってもらっており、支えられているのだということを、改めて確認するようなことになりました。
 アメリカのクロンララスクール、テュートリアルスクール、IDEAというネットワーク、ロシアのモスクワ国際フィルムスクール、イギリスのサンズスクール、フェニックス研究所、イスラエルのデモクラティック研究所、フリースクール、韓国のミンドゥルレ、オルタナティブ教育ネットワーク、オーストラリアのフリースクールのネットワーク、1月に被災したニュージーランドのタマリキスクール、ブラジル、インドネシアなどあちこちの個人の友人たち、こういった人たちから暖かいメールをもらいました。この中には、放射線の危険もあるのでシューレ大学のメンバーを全員受けいれると言って下さったところもありました。本当に勇気付けられました。
 東京では地震の日からしばらく食品をはじめ様々なものが店頭から消えました。不安からの買占めも多く、深刻な被災地の人々に申し訳ない気持ちになる光景でした。(写真提供:440Hz石本恵美さん)